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兼高かおるの現在は世界有数の旅人であった事の証だった!

兼高かおるさんと聞いて
分かる人って言うと今どれくらいの
年代層になるのでしょうかね。

兼高かおると世界の旅という番組が
1959年12月13日から1990年9月30日まで
放送されておりましたが

私はその長い期間の中で主に1970代に
この番組をよく見ていました。

あの頃の彼女の声は未だに忘れる
ことができません

現在兼高さんはどうされているのでしょうか?





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兼高かおる世界の旅



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世界を股にかけ そして、自身の体験を基に
これまで海外の多くの情報を日本国内に発信
されていた兼高かおるさん。

私がテレビを見ていたその当時を振り返ると
海外って行ってみたいけど行ける物とも思って
いませんでした。

そんな私のように思う日本人の方が
日本国内ではほとんどだったのではないで
しょうか。

一般的な家庭では当時はそういう様な
日本の暮らし、生活水準だったのかなと
私なりに今思います。

そんな中 ある意味『夢』というか
『希望』というか、世界旅行の素晴らしさを
与えてくれたのが兼高かおる世界の旅だったと
私は思います。


兼高かおるの現在



そんな兼高かおるさんには
私と同じ世代なら共感を持って
おられると思います。

現在は港区国際交流協会会長や
日本旅行作家協会名誉会長等を務めら
れています。

まずその港区国際交流協会(MIA)とは、
どんなものなのか調べてみますと

ボランティア活動を母体として
イベントを通じて、多文化社会の実現を
目的としている団体のようです。

多文化社会ってあまり聞いたことのない
言葉なので調べてみるとこう書いてありました。

多文化社会【たぶんかしゃかい】 様々な文化的特徴を有する民族が,お互い 多様性を尊重し平等に共存していく社会。 これらを積極的に推し進めるべく多文化主 義政策を採る代表例がカナダとオーストラ リアである。 http://kotobank.jp/


現在では港区に、80を超える大使館
そして、大勢の外国人オフィスがある事が
そのような背景のひとつになっております。


場所 東京都港区北青山1-6-3
都営北青山一丁目アパート3号地下1階








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日本旅行作家協会名誉会長も



また兼高かおるさんは
日本旅行作家協会の名誉会長も
務められております。

その日本旅行作家協会とは
どういうものかと言いますと


■目的  旅行に関連した仕事をする作家、編集者、写真家、 放送関係者、翻訳家、研究者並びに広報担当者等の 専門家団体として、会員の親睦と協調を図り、政治 、思想、 宗教にとらわれない中立的な立場で、 旅行業者と一般旅行者に正確な情報を提供するととも に、旅行の自由な擁護と文化財や自然美の保護のため に力を尽くし、 もって国際親善に寄与することを目 的とする。



1973年9月に設立された時は
会員数わずか30名でしたが現在では
300名にも及ぶ大きな団体となっています。

その団体に今から約10年前の1月に
新会長として当時の兼高かおる副会長が
就任されたのです。

またその1973年の設立時ですが
この協会が設立にともないこのような
宣言文を出しています。

われわれはいま、空前の旅行時代に突入した ことを知る。内外に行き交う旅行者の群れは、 まさにホモ・モビリスの到来を告げ知らせている


70年代の旅行ブーム



当時の70年代と言いますと
1970年に大阪は吹田で行われた
日本万国博覧会が挙げられます。

当時の総入場者数約6241万人は
2010年の上海万博に抜かれるまで
万博史上最多の入場者数だったのです。

40年もの間記録を更新される事の
なかった大阪万博

その当時の日本はまさに空前の
旅行ブームだったのではと思います。

そしてその70年に行われた大阪万博の
終了後に行われたこのキャンペーン

日本で旅行が流行った70年代
ディスカバー・ジャパンと銘打って
始まった国鉄のキャンペーンがありました

「日本を発見し、自分自身を再発見する」

またこのころは『男はつらいよ』という
旅をテーマにした映画が流行ったのも
その時代の象徴だったのかも知れません。

第9作柴又慕情では吉永小百合さんが
古都金沢を訪れました、そしてそのワンシーンで
『ディスカバー・ジャパン』と言う言葉が
使われております。


まとめ



世界を発見し 自分自身を再発見
されていたのが70年代の兼高かおる
さんだったのではないでしょうか。

私たち一般人ではなかなか
かなうことのなかった世界旅行

その世界旅行のさきがけとして
世界を旅してこられた兼高かおるさん。

黒柳徹子さんの徹子の部屋に
明日出演されますが

どのような言葉で世界の旅
また自分のこれまでの人生について語
られるのか

本当に楽しみになってきました。





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